COLUMN

コラム

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だいぶ暖かくなってきました
みなさまいかがお過ごしでしょうか

ファッションの世界では
もう既に今シーズンの春夏の発表は昨年にはプレゼンテーションも終わっています
まっ!とにかく早い段階でアパレルは動いているわけです💦
サスティナブルが叫ばれている今
ここらへんの感覚も見直しが必要かもしれませんね💦

さて今回のMプレスは…
ググッとファッションの視点で
日本の時代をさかのぼってみます

いまでは普通に着ている洋服
“アパレル”なんて小洒落た呼び方をするようになって随分たちますが…
この洋服って
いつ頃日本に伝わったか?
ご存知ですか?

さかのぼること400年以上も前…
…歴史の授業で
鉄砲は1543年に種子島に漂着したと教科書で習いましたが
この時実は鉄砲だけではなく
洋服も献上されていたらしいです

当時の日本はもちろん
戦国時代ですから情報が少ない
日本なら最新の武器を
喜んで買うはずだから日本に売り込もうと目論んだのが鉄砲やら服などだったみたいです
(カモ?ターゲット?にされたようですね 笑)

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しかし
日本において洋服の歴史が
本格的になったのは
「黒船来航」ペリー氏来航
以降でした

日本人は初めて
西洋の服=軍服に対面したのです!

着物文化からみた洋服文化は
驚きだった事でしょう😱
まさしく
曲線の立体裁断
   と
直線の平面裁断
(お互いに衝撃的なスタイリングだったに違いない💦)

その後
横浜に”大黒屋”がopen
当時は洋服と言う呼び名がまだなく
“舶来屋”なんて呼ばれていました
(そう言えば祖母が”ハクライ”と言っていた記憶までよみがえりました
今でいうインポート?かしら?)

南蛮服・異人服なんて言われ方していたようで”洋服”
の呼び名が一般的になったのは
明治12年以降だとか…
(洋服というワードが出来て
ホント良かったぁ〜!と思ったのは私だけではないはず)

それでも洋服のワードが
定着してきたのは
百貨店という形態が日本に登場した明治37年頃らしいので…
(ワード定着まで随分と時間が経過していますね)
既に日露戦争は始まっていました
そんな中
越後屋⇒三井呉服店⇒三越呉服店
⇒三越さん
がデパートメントストア宣言を
行いました
三越さんは日本で最初の近代的な
百貨店の誕生!となったわけです

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大正3年には国内最初の
“エスカレーター”を設置!
なんだか急激に近代的な雰囲気ですが百貨店と言うワードが
誕生したのは大正13年
(なんだかまとめていたら鬼滅の刃の背景に描かれる都会の街並みが頭をよぎります 笑)

“洋服”と”百貨店”と言うワード
定着するまでに
こんなにも歴史があるのですね
深掘りするとワクワクしますね🖤

最後に
大正13年代のポスターです
女性の絵は
圧倒的な色彩感覚がお見事!ですが
お着物ですね 
今言う”大正浪漫”です
だから
ファッションは繰り返される!と
言うのでしょうかね?

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