COLUMN

コラム

アメリカの一大ムーブメントの
"ヒッピー"とは
1960年から1970年代前半に
アメリカを中心にして起こった
社会運動のことで
野生的な生活への回帰を掲げる人々によって広められました

このころの国際情勢は
ベトナム戦争下であり
この戦争に反対する若者達による
運動がヒッピームーブメントの発端となりました
徴兵や派兵に強く反対し
自由と平和と愛する心を持った
彼らは徐々にその思想をアメリカ全土へ広めていきます

1960年前後は薬物に関する取締りなど未発達であったため
ヒッピー達は積極的に薬物などを
使用して高揚感を味わっていました
薬物による覚醒を求め
精神を解放することを推奨していたのがヒッピー文化の大きな一面として挙げられます
さらに
薬物による幻覚などの視覚的で
流動的な模様や柄
そして鮮やかな蛍光色と紫やピンク
黄緑など派手な色使いが特徴の
サイケデリック・ファッションと
サイケデリック・アートが
トレンドとなりました

そして
音楽などの芸術とも深い縁を持ち
ヒッピースタイルのミュージシャンなども多く登場してくるようになりました
しかしその自由すぎる生き様は
そうでない人々からするとかなり過激にも取れるような部分が目立ちました
こうしたヒッピーとは反対にいる人々を"スクエア"と呼んだりすることもありました
現代ではありえませんが
音楽コンサート会場では
当たり前のように吸い
狂ったように踊る…
当時のミュージシャンの多くが薬物を使用しており
そうした高揚感に包まれた中で普段では感じられない新しい感覚を追い求めていたようです

前衛的でアバンギャルドの代表格として表現されるようになりました
極彩色の幻想的なプリント柄やミニドレスやエスニック感覚のアイテム達が出現
コーディネートも自由気まま過ぎて
この頃スタイリストという職業が確立されたほど自由過ぎたのですね

そして
1970年代以降にベトナム戦争の終結薬物に対する取締りの強化によってヒッピー文化の衰退に拍車をかけることになりました

1970年代後半以降は
ヒッピームーブメントがだんだんと縮小していきます
1990年代初頭前後には新たなヒッピーとされる人々が現れてネオヒッピーなどとも呼ばれました
その後ヒッピー文化は淘汰されていきます

結局のところ
1960〜70年代前半にかけて
若者達の間にカウンター・カルチャー(反体制文化)が吹き荒れた時に
シンボル的存在がデニムジーンズ!
ヒッピーでもサイケデリックでも
ヒットアイテムは
Tシャツ&ジーンズ&長髪=自然な生き方を求めるキーワードアイテムに
なったわけです

KireiProject M Press 2022.07.20 60年〜70年代のヒッピーカルチャー

1960年代の日本と言えばちょうど高度成長期にあたり
ファッション界においても様々な変革がありました

"みゆき族"や"モッズ"などが
注目されその後1960年代後半になると
新宿駅東口駅前広場に"サイケ族"と呼ばれる若者の集団が現れ始め当時では珍しかった男性の長髪や
ヒゲといった自由奔放なスタイルそして原色などの派手な色使いなどサイケ族のファッションスタイルが日本でもみられたのでした

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