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秋刀魚を見ると佐藤晴夫の「秋刀魚の歌」を思いだす。

佐藤晴夫は明治末期から昭和にかけ、小説をはじめ多岐の分野で活躍した作家・詩人である。

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1971年佐藤晴夫は谷崎潤一郎と知り合い、日々往来するほどの極めて親しい仲になる。
谷崎は奔放で女性遍歴は絶えず、その頃妻の千代子に飽きたらなくなっており、夫婦の関係は冷え切っていた。
また千代子は、谷崎が自分の妹に強い恋愛感情を抱いていることに気づいていた。
幼い娘を抱えた千代子は佐藤に悩みを相談し、ふたりの距離は近づいていく。

またこうした機会を重ねるうちに、佐藤の千代子に対する同情は、激しい恋心へと変わっていく。

千代子の妹にすっかり心奪われていたことと、ふたりの関係を知った谷崎は佐藤に千代子を譲る約束を交わす。

しかしこの約束は谷崎に一方的に反故にされ、激高した佐藤は谷崎に絶交を言い渡す。

これが世に言う「小田原事件」である。(※谷崎一家は当時小田原に住んでいた)

また佐藤はこのため神経症を患い、郷里に引きこもることとなる。
その間に小田原での思い出を綴ったのがこの「秋刀魚の歌」である。

『秋刀魚の歌』  あはれ 秋風よ 情(こころ)あらば伝えてよ ー 男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて 思いにふける と。 さんま、さんま、 そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。 そのならひをあやしみなつかしみて女は いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかひけむ。 あはれ、人に捨てられんとする人妻と 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、 愛うすき父を持ちし女の児は 小さき箸をあやつりなやみつつ 父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。 あはれ 秋風よ 汝(なれ)こそは見つらめ 世のつねならぬかの団欒(まどい)を。 いかに 秋風よ いとせめて 証(あかし)せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。 あはれ 秋風よ 情(こころ)あらば伝えてよ、 夫を失はざりし妻と 父を失はざりし幼児とに伝えてよ ー 男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて、 涙をながす、と。 さんま、さんま、 さんま苦いか塩っぱいか。 そが上に熱き涙をしたたらせて さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。 あはれ げにそは問はまほしくをかし。

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恋愛とかけ離れたものであるかような秋刀魚を前に、人妻に対する報われない愛と、執着を断ち切れない自分自身をあわれみ嗤う佐藤の姿が浮かびあがってくる。

この9年後、紆余曲折を経て佐藤と千代子は結婚することとなり、佐藤の純愛はようやく身を結ぶ。

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再度世間を騒つかせた「妻譲渡事件」を知ることで、この3人の関係性をより興味深く感じていただけることだろう。

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